「現場仕事で一日が終わる。夜に机に向かって書類を書く体力は、もう残らない」— 能登半島の海沿いで、地震で半壊した築100年の古民家を宿として蘇らせている建築デザイナーの言葉だ。やりたい事業はある。補助金の制度もある。けれど、その間にある申請書類を作る時間がどうしても取れない。机に向かわなくても、LINEで「こうしたい」と話しながら、自分の申請書を仕上げていける仕組みをAIで組み立てた。書類を作るのはあくまで本人。AIは下書きと整理で伴走する。数時間のやり取りで、数百万円規模の補助金申請書が手元に揃った。
もくじ(全 4 節・約 8 分)
01
背景・きっかけ
能登半島の海沿いの集落に、築100年の古民家がある。入江を目の前に望む立地で、外観には長く積み重なった時間の痕跡が残っている。
もともと地震前から空き家だった。家主は金沢に住んでおり、たまに帰ってくるだけの状況だった。そして2024年の地震で半壊認定を受け、解体される予定になっていた。
その建物を、一人の建築デザイナーが引き取った。
「入江が目の前にある立地と、築100年の歴史ある外観をそのまま消すのは、あまりにも惜しい」
自身の建築士としての経験を活かしてリノベーションし、宿として再生する構想を立てた。建物の素性を活かしながら、能登の海と暮らしに溶け込む宿にする。
ところが、ここで壁にぶつかった。
リフォームの現場作業は、自分自身で手を動かす場面が多い。屋根、壁、土間、水回り、内装。現場仕事だけで一日が終わってしまう。せっかく国の補助金が活用できる事業なのに、申請書類の準備・作成に割く時間が、どうしても確保できなかった。
公式の案内ページを開いてみても、必要書類はExcelやWordの様式が複数。事業計画書、収支計画、改修計画、地域への貢献の見込み。これらを一から起こす作業は、現場で疲れた夜に向き合うには、あまりにも重かった。
「やりたい事業はある。補助金の制度もある。けれど、それを繋ぐ書類作りに、エネルギーをどうしても割けない」
これが、最初の困りごとだった。
02
AIに任せた仕事
この詰まりを解くために、本人が自分で申請書を作るのを支えるAIを組み立てた。書類の作成者はあくまで建築デザイナー本人。AIは、本人が「こういう宿にしたい」と話した内容を下書きに整えて返す、伴走役に徹する仕組みである。
AIに任せている仕事は、大きく3つに分かれている。
1. 「何を揃えるべきか」を、AIが最初に並べる
国の補助金は、それぞれ案内ページが用意されている。ただ、必要書類の様式がPDFやWordで複数並んでいて、何を揃えればいいのか一目で分からないことが多い。事業計画書、収支計画、改修計画——どこから手を付ければ良いのか、最初の一歩で迷う事業者は多い。
これをAIが読み込んで、
- どんな書類が必要か(チェックリストとして並べる)
- どの形式(Excel / Word)で出すべきか
- それぞれの様式の雛形ファイル
を、まとめて手元に並べる。「何から手を付ければいいか分からない」という、申請の入口で最も詰まりやすい状態を、まず突破する。
2. 「何をやりたいか」を、AIが会話で引き出す
補助金の申請書類は、形式さえ揃えればよいわけではない。**「どういう事業をやるのか」「狙いは何か」「どのような費用が必要か」**を、審査する側に伝わる文章で書く必要がある。
ここを、AIが事業者に会話で聞いていく。
- 「この古民家でどんな宿を作りたいですか」
- 「どんなお客さんに泊まってほしいですか」
- 「改修にはどのくらいの費用がかかりそうですか」
- 「地域にとってのこの宿の役割は何ですか」
建築デザイナーは、頭の中にある構想をそのまま話していく。AIは引き出された本人の言葉を申請書の文体に整え、最初の草案として返してくる。事業計画書、収支計画、改修計画——形式が違う複数の書類に、整合した内容が一度に流し込まれていく。何を書くかを決めるのは、あくまで本人だ。
3. LINEのやり取りだけで、書類が完成形に近づく
書き上がった草案は、LINE で事業者の手元に届く。建築デザイナーは、現場仕事の合間や移動中に、
- 「ここはもう少し地域の文脈を入れてほしい」
- 「この費用項目は実際は半分くらいの想定」
- 「補助金の趣旨に合わせて、こっちの表現にしてほしい」
といった指示をLINEで返す。AIはそれを受けて、草案の該当箇所を書き直していく。
机に向かって書類と格闘する時間は、ほぼゼロ。普段の生活で使っているLINEの中で、自分の申請書類を少しずつ完成形に近づけていける状態を作った。
最終的に、本人の言葉と判断が反映された申請書類一式のドラフトが手元に揃う。内容を最終確認して仕上げ、申請するのは本人自身だ。
03
代表的な使われ方
この仕組みが、実際にどんな場面で使われているか。代表的な使われ方を3つ紹介する。
1. 「補助金を使いたいけれど、何から始めればいいか分からない」とき
リフォーム、設備投資、新規開業——補助金の対象になり得る事業を考えていても、案内ページを開いた瞬間に書類の量に圧倒されて、手が止まってしまう人は多い。
そんなとき、AIが案内ページを読み込んで、必要書類のチェックリストと雛形一式を整理して並べる。「これを順に埋めていけばいい」という見通しが、最初から手元に揃う。申請に踏み出す最初のハードルが、一気に下がる。
2. 「やりたい事業はあるのに、それを書類の言葉にできない」とき
「この古民家で宿をやりたい」「地震復興の文脈で再開したい」——事業のイメージは持っていても、それを申請書の堅い文章に落とすのが難しい。文章を書くことに慣れていない人ほど、この壁は厚い。
そんなとき、AIが会話で事業の中身を引き出す。事業者が頭の中にあるイメージを話すと、AIがそれを申請書の文体に整えて、最初の草案として戻してくれる。あとは、その草案を自分の言葉で直していけばいい。
3. 「机に向かう時間が、どうしても取れない」とき
リフォーム、農作業、漁の支度、店の営業——自分自身で現場の作業を抱えている事業者は、夜や作業の合間しか書類に向き合う時間がない。机に向かって書類と格闘する余裕は、現実的にはほぼ存在しない。
そんなとき、LINEで対話するだけで、草案の修正・反映が進む。スマートフォンを開いて、移動中や休憩時間に短いやり取りを返すだけで、書類が日々ブラッシュアップされていく。机に向かわなくても、自分の申請書類を完成に近づけていける。
昼間は古民家の現場で手を動かしているから、夜に机に向かって書類を作る体力は、ほとんど残っていなかった。AIが出してきた雛形に対して、LINEで「ここはもう少し地域の文脈で書いてほしい」「この費用項目は半分くらいの想定」と返すだけで、内容がどんどんブラッシュアップされていく。これがなかったら、補助金を諦めて自己資金だけで進めるしかなかったかもしれない。やりたい事業を、書類のせいで諦めずに済む。それが、何より大きかった。
能登半島の海沿いで古民家を再生する建築デザイナー(匿名)
04
成果と今後の展望
成果
今回組み立てた仕組みは、古民家の宿泊業に限った話ではない。
直近では、能登の他の事業者にも同じ仕組みを開いていく予定だ。伝統工芸の道具の設備投資、農業機械の更新、観光業の小さな事業——補助金の対象になり得るのに、書類で詰まって動けなかった事業者は、能登に少なくない。どの事業者でも、申請書を作るのは本人自身。AIは同じように「書類で詰まる」場面の伴走に徹する。
中長期では、申請後の実績報告書づくりの伴走にも広げていく。補助金は申請して終わりではなく、採択後の実績報告で詰まる事業者も多い。ここまで含めて、AIが小さな伴走者として残るかたちを作る。さらに、入口をLINE完結にする方向で改善を進める。パソコン作業が苦手な能登の事業者にも、無理なく入ってもらえる導線を整える。
地震からの復興は、制度の存在だけでは進まない。やりたい事業を、書類で諦めずに済むようにする。そのための小さな入口として、AIが能登の現場に静かに役立っていく。
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事例 ・ 2026.05.17 ・ 読了 6 分
漁師さんの一言から始まった、全国20市場の魚相場を毎朝AIがまとめるサイト
「今、石川県でどれくらい魚が獲れとるか、過去のデータも見せてほしい」 — 能登町の漁師さんたちの一言から始まったサイト [**魚相場ナビ**](https://sakana-souba-navi.jp/)。バラバラの形で公開される全国20市場のデータを、AIが毎朝集めて一画面に並べる。地域同士の値段比較も、過去との見比べも、これまで人手では続かなかった仕事をAIが肩代わりする。
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