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「今どれくらい獲れとるか、過去の数字も見せてほしい」。能登町で船を出す漁師さんたちの一言から始まったのが、魚相場ナビというWebサイトだ。
自分の魚が全国と比べて高いのか安いのかを知るには、各市場がバラバラの形式で出す日報を毎朝集めて比べるしかなかった。だが未明から海に出る現場に、パソコンで数字を打ち直す時間など無い。
そこで、全国20か所の市場の数字をAIが毎日集め、「同じ魚なのに地域で違う呼び名(方言や出世魚)」を標準名に揃えて、1つの画面に並べる仕組みを作った。朝スマホを開けば、自分の魚が全国でどの水準にあるかが一目で分かり、その日の出荷先や競りの値付けを決める確かな武器になる。
もくじ(全 4 節・約 8 分)
01
背景・きっかけ
始まりは、能登町で漁を続ける漁師さんたちから受けた相談だった。
知りたかったのは、単なる昨日の水揚げ量ではない。今シーズンはどう推移しているのか、去年の同じ時期と比べて多いのか少ないのかという「傾向」だった。
数字そのものが世の中に無いわけではない。市場や漁協のホームページには、毎日の水揚げが日報として出ている。しかしそれらは当日の速報に過ぎず、過去にさかのぼって一覧できる形にはなっていない。日ごとの数字を自分で集めて並べる時間は、漁の合間には無かった。
数字が無いのではなく、散らばっていてまとめて見る手立てが無い。これが、最初に突き当たった現場の壁だった。
実際のサイト
記事を読む前に、まず実物を見てみる
02
AIに任せた仕事
石川県の今の水揚げを見えるようにする、という相談から動かしてみると、現場からも「他の地域と比べたらうちの浜値は適正なんか?」「長崎や豊洲ではいくらで取引されとるんやろ」という素朴な疑問が湧いてきた。
そこで対象を全国へ広げ、現在は全国20か所の主要市場から毎日データを集めるサイト魚相場ナビに育った。このサイトでは、人が毎日やっていられない面倒な仕事を3つ、AIに任せている。
1. 全国20か所の市場から、毎日データを集めてくる
各地の卸売市場や漁協は、それぞれ独自のやり方でデータを公開している。エクセル風の表で出している市場もあれば、PDFで出している市場、ホームページの本文中に文章で書いている市場もある。様式がバラバラで、人手で毎日まとめていては到底追いつかない。これをAIが読み取り、形式を整えて1か所に蓄える。人が毎日やれば1.5〜2時間はかかる作業が、朝サイトを開けば前日までの分がすでに並んでいる状態になった。
2. 「同じ魚なのに違う呼び名(方言・出世魚)」をAIが標準名に揃える
水産の現場で最大の障害となるのが「地方名の違い」だ。能登で「ガンド」と呼ばれる魚は、他の地域では「ブリの若魚」、関東では「ワラサ」、関西では「メジロ」と呼ばれる。高級魚の「ノドグロ」も、市場の公式記録では「アカムツ」と書かれる。成長段階で名前が変わる出世魚の呼び名も地域ごとに異なり、そのままでは別々の魚として集計されてしまう。そこで、魚の名前の読み替え辞書で、地元の言い方を標準名に揃える。辞書に無い名前は、人が確かめて書き足していく。これによって初めて、石川の「ノドグロ」と長崎の「アカムツ」を同じ画面で横並びにして、相場を比べられるようになった。
3. 集まった数字の山を「読める文章」に整え、毎日届ける
数字が何百行も並んでいるだけでは、現場にとっては「数字の山」に過ぎない。そこでAIが毎日のデータを読み込み、「今日は何の水揚げが突出して多かったか」「先週より値上がりしている魚はどれか」「今が旬のお値打ちな魚はどれか」を短い文章にまとめる。さらに毎日、集計が終わると公式X(旧Twitter)へAIが投稿する。わざわざサイトを探しに行かなくても、手元のスマホに要約が届くところまでAIに任せて、現場の日常で使える道具にした。
03
代表的な使われ方
この仕組みを、現場の仕入れや出荷でどう使えるのか。代表的な3つの使われ方を紹介する。
1. 「他の地域と比べて、自分のところは高いのか・安いのか」を確かめる
朝のセリ(競り)の前に、仲卸業者や鮮魚店のバイヤーは、前日の自分の市場と全国の主要市場の値段をスマホで並べて確かめる。例えば「昨日は能登のブリが長崎や豊洲より2割安かった」「福岡でアジが高騰していた」といった相場感が頭に入っていれば、競り落とすときの上限価格や、得意先へ提案する値付けの確かな根拠になる。地元の狭い相場感だけに頼らず、全国の需給を背景にした、納得感のある取引の材料になる。
2. 肌感覚の「不漁・豊漁」を、過去のデータで裏付ける
例えば「今年はアオリイカが少ない気がする」「サワラの回遊が遅れているのではないか」という漁師さんの肌感覚は、長年の経験に基づく貴重なものだ。しかしそれが一時的なシケによるものなのか、海全体の不漁なのかは、過去の記録と照らし合わせなければ分からない。魚相場ナビでは、蓄えてきた過去の水揚げ量と値段の推移を、グラフでさかのぼって見られる。勘や噂に振り回されず、「去年の同じ時期と比べてどう動いているか」を数字で確かめられるため、出漁の判断や網の手入れ、燃料代との損得計算を冷静に下せる。
3. 忙しい仕入れ前の数分で頭に入る「毎日の市況通知」
漁師さんも市場関係者も、早朝は1分1秒を争う戦場だ。パソコンを開いて複雑な表を読み解く余裕は無い。そこで役に立つのが、前日までの相場をまとめたAIの要約だ。「その日の総水揚げ量と前日比」「値上がり上位と底値安定の魚種」が、軽トラの車内や仕分け作業の合間に、スマホで数秒でつかめる。
今、石川県でどれくらい魚が獲れとるか、過去のデータも含めて見えるようにしてほしい。日々の水揚げは肌でわかっとる。けど、県全体で今シーズンどう推移しとるのか、去年の同じ時期と比べてどうなのかは、自分で数字を集めて並べる時間がない。データはどこかに公開されとるのは知っとる。けれど、バラバラに置いてあって、まとめて見ることができん。それを、まとめて見られるようにしてほしい。
能登町の漁師さんたち
04
成果と今後の展望
成果
直近では、特定の魚の値段が急に動いたときにプッシュ通知で知らせる仕組みを計画していて、出荷や仕入れの判断をより早く下せるようにする。
中長期では、集まった水産データを、地域の食・観光・物流へ広く生かしていくことを考えている。例えば、飲食店や宿泊施設が「いま何が豊富で安いか」をつかんで旬の特別メニューを企画したり、ふるさと納税や観光と組み合わせて「今がいちばんうまい地魚」を都市部の消費者に届けたりする形だ。
能登町の漁師さんたちの一言から始まったこのサイトは、全国の市場をつなぎ、地方の一次産業が商売を続けていくことを支える土台になればと考えている。
毎日の市況は 魚相場ナビ(sakana-souba-navi.jp) で公開している。
