父が急逝し、船は後継者が継ぐことになった。多少は一緒に乗せてもらったが、四季を通じた判断のすべてを継ぐにはあまりに短い時間だった。手元にあったのは、これまでに積み上がった売買仕切書 — 紙の山だけ。そこでAIに「この紙を全部読み取って、いつ・何を・どこに出したかが分かる表にして」と頼んだ。「いつ・どこで・何を獲って、どこに出していたか」が書かれた父の漁の記録が、一覧になって後継者の手元に戻ってきた。
もくじ(全 4 節・約 10 分)
01
背景・きっかけ
能登町宇出津で漁を続けてきた漁師が、父の急逝で船を継ぐことになった。事業承継のための時間は、残されていなかった。
漁師の仕事は、本人の頭の中にある「経験と勘」がほとんどを占める。
- いつ頃から、どの魚が獲れ始めるか
- どの時期にサイズが大きくなるか
- いつ獲れなくなるか
- どの時期に、魚種や網を切り替えるか
- どこに出すと、一番高く売れるか
多少は一緒に漁に出ることで、いくつかの知見は肌で掴んだ。けれど、それだけでは到底足りない。漁業は「経験を一年積むのに、一年かかる」仕事だ。来年の同じ時期に「父なら何をしていたか」が分からないまま船を継ぐのは、現実的ではなかった。
手元に残っていたのは、これまでに取引先から発行された 売買仕切書(売上の伝票) だった。「いつ・何を・どの大きさで・どこに・いくらで売ったか」が書かれた、父の漁の歴史そのもの。
ただし、それは 紙の山 だった。一枚一枚は単なる伝票で、横に並べて月ごと・魚種ごとに眺めようとすると、手作業では気の遠くなる量だった。
「この紙の山が、父の頭の中の代わりになるはずなのに、誰も読めない」 — それが、最初の困りごとだった。
この記事について
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02
AIに任せた仕事
紙の山を「父の漁の記録」に戻すために、AIに3つの仕事を任せた。
1. 紙の伝票を読み取って、表の形に揃える
取引先は4か所。それぞれ伝票の様式が違う。手書きが混ざる伝票もある。同じ「ノドグロ」でも、取引先ごとに書き方が違う。これを人手で打ち込み直すのは、現実的ではなかった。
AIに「全部読み取って、表の形に揃える」仕事を任せた。手で打ち直すと1年分でおよそ40時間かかる計算だったが(実測ではなく、条件を置いた見積もり)、それが夜のうちに終わった。結果、これまで紙の山だった 明細3,886行 が、検索したり集計したりできる状態で手元に揃った。
2. 「同じ魚なのに違う呼び名」を揃える
漁業の現場では、地域ごと・取引先ごとに、同じ魚に違う呼び名がついている。標準的な名前と地元の呼び名が並んでいることもあれば(ノドグロとアカムツ)、同じ「たら」でも紙によって「真だら」「マダラ」「まだら」と書き方が違うこともある。そのまま並べると、別々の魚として集計されてしまい、本来の取扱量・取扱金額が見えない。
呼び名の対応表を作り、279通りの書き方を142の名前に整理した。同じ魚かどうかは漁の現場の人しか知らないので、対応表はこちらで作って、それに従わせる形にした。
ただし、全部は揃えきれない。「白だら」のように、地元で何を指しているかを確かめないと寄せられないものは、無理に統合せず別のまま残している。揃わなかったものは捨てずに別置きし、後から足せるようにしてある。
それでも、はじめて「ノドグロは年間でこれだけ獲った」という全体像が見えるようになった。
3. 「父の操業のリズム」をカレンダーで見せる
ただ数字を並べただけでは、漁師の感覚には届かない。AIが月ごと・日ごとのカレンダーに描き直して、「4月中旬に小さな山、7月初旬から本格化、8月と9月にピーク」という父の操業パターンを、一目で見える形に整える。
漁師は、漁の始まりや切り替えを 日付で記憶している。カレンダーの形は、その記憶と直接照らせる。
03
代表的な使われ方
このデータとAIが、実際にどんな場面で使われているか、代表的な3つを紹介する。
1. 「父がいつ・どこで・何を獲っていたか」をカレンダーで見る
主要な10魚種について、月ごと・日ごとのカレンダーで、父の漁獲量がそのまま見える。「父は7月の初めからノドグロを本格的に獲り始めて、8月から9月がピークだった」 — そんな操業パターンが、紙の山ではなくカレンダーから蘇る。
来年の同じ時期、「父ならこの頃にこの魚を狙っていたはずだ」という判断基準を、後継者が自分の手元に持てるようになった。
2. 「どこに出すと高く売れるか」を、条件をそろえて確かめる
同じ魚を出しているのに、出荷先によって値段が違う。ただ、そのまま比べても意味がない。大きい個体は高く売れるので、出す先が違うのか、魚の大きさが違うのかが混ざってしまう。
そこで 同じ魚を、同じ大きさの帯にそろえてから 比べ直した。すると、片方の出荷先のほうが2割強高い、という差が残った。
ただし、条件をそろえて比べられた取引は、片側が15件しかない。 差があること自体は見えたが、これを全部に掛け算して「年間これだけ増える」と言える段階ではない。試すなら、まず1か月ぶんだけ回してみて確かめる — そういう使い方をする数字。
実は、最初の分析では「魚種によっては4倍の差がある」という威勢のいい数字が出ていた。元になった取引が1〜9件しかなく、たまたまの高値を差として読んでいたので、これは取り下げている。残ったのは、件数がそろっている帯だけで比べ直した2割強のほうだった。
3. 「いつ魚種や網を切り替えるか」を年間カレンダーで継ぐ
漁師の一年は、月ごとに「この時期はこの魚、この網」という切り替えのリズムがある。父の代の切り替えタイミングを、月別の漁獲構成データから読み解いて、年間カレンダー として後継者向けに整理した。
- 6月・11月は禁漁/休漁にあたる
- ノドグロは8月から9月がピークで、それ以外の時期は別の魚を主役にする
「父ならこうしていた」が、紙ではなくカレンダーで残るようになった。
そして、グラフだけでは終わらせなかった。
表とグラフができたあと、AIにもう一度そのデータを読ませて、「この一年から何が言えるか」を書かせた。月ごとに、何を主役にして、何を我慢していたか。やることと、やらないこと。
正直に書くと、出てきた示唆の多くは、漁師にとって当たり前のことだった。
サイズで仕分けて出荷先を変えるのは、父が昔からやっていたことだ。冬の魚と夏の魚が混ざることもない。そもそも、それぞれの時期にしか獲れないのだから。禁漁期に休むのも「休んだほうがいい」という話ではなく、決まりとして休まなければならない。AIはそれを「判断」の一つとして並べてきたが、現場から見れば判断ですらない。
役に立ったのは、当たり前の判断を裏付ける数字のほうだった。同じ魚を同じサイズで出しても、出す先によって単価が違う。安いほうに出ていた取引が、一年で何件あったのか。そこは紙をめくっているだけでは絶対に見えない。
もう一つ、自分たちの記録だけでは出てこないものがあった。他の産地がいつ市場に出しているかを調べて、うちの操業カレンダーに重ねた図だ。冬のタラを1〜2月に寄せる出し方は、北海道からの入荷が薄くなる帯にちょうど入っていた。逆に、単価が上がるはずの10〜11月は、島根から大量に出てくる時期でもあった。自分の海のことは体で知っていても、よその産地がいつ出してくるかは、調べないと分からない。
AIが漁のやり方を教えてくれたわけではない。父がやっていたことに、後から数字と、外の事情がついた。それが、この試みで起きたことの正確なところだと思う。
最後は、紙に戻した。
画面で見られる形にはしたが、実際に手渡したのは印刷して綴じた冊子だった。60ページを超える振り返りと、経営の見立て、そして年間の判断カレンダー。船の上でも、家の卓袱台でも開ける形にしたかった。
紙の山から始めて、表にして、グラフにして、最後にまた紙に戻す。遠回りに見えるが、受け取る側がいちばん読める形がそれだった。
父の死は、家族の誰にも、漁の知見を整理する時間を残さなかった。船を継いだ弟は生前に多少は一緒に乗っていたが、それで四季を通じた判断のすべてが継げるわけではない。残っていたのは、紙の伝票だけだった。漁師の経験は本人の頭の中にあって、口伝えでしか継げないと言われる。けれど、ここに残された紙の山は、口伝えの代わりになるんじゃないかと思った。AIに読み取らせて揃えたら、ある一年分で明細3,886行が一覧で並んだ。手でやったら気の遠くなる量が、夜のうちに終わった。一番想定外だったのは、「父はこの時期にこんな漁をしていた」がデータから蘇ってきたことだった。紙の伝票は、思っていた以上に、父の漁の記録だった。
後継者の家族(この取り組みを進めた側)
04
成果と今後の展望
成果
直近では、他の年のぶんも順次取り込む 予定だ。父の代の長い年月の傾向や、気候・相場の影響が見えてくる。漁の現場で重量を残す手順を、後継者の日々の運用に組み込む準備も進めている。
中長期では、「漁師の頭の中の知見を、データで継ぐ」というやり方を、能登の他の漁業者や、農業・伝統工芸など一次産業全般の事業承継にも広げられるか探っていく。父の漁を継ぐためだけに作ったこの試みが、能登で同じ困りごとを抱えている人たちにとっての、ひとつの手がかりになればと考えている。
