紙の伝票には数字があるのに、比べられない。取引先ごとに向きも並び順も違うため、同じ品物の値段すら横並びで比較できないからだ。手入力で打ち直せば約40時間(1日2時間で約3週間)かかる計算になる。この記事は、4つの取引先から届いた紙395枚・明細3,886行を、AIを使って1つのきれいな一覧表(エクセル)にまとめるまでの手順と、うまくいかなかった失敗の記録だ。
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もくじ(全 6 節・約 8 分)
01
困りごと
向き合ったのは、4取引先から届いた1年分の伝票(395枚)だ。
同じ「いつ・何が・いくらで動いたか」を記した書類なのに、取引先ごとに様式がまるで違う。縦横の向き、列の並び、単価の場所までばらばらで、印字のかすれや手書きも混じっていた。
最も厄介だったのは、パソコン内の控えが「紙を撮っただけの写真(画像)」だったことだ。文字データが一切ないため、マウスで選んでコピーすることすらできない。
品物の呼び名も揃っていない。ある品物は、紙によって5通りの書き方(ひらがな・カタカナ・漢字混じり)があり、そのままでは別物として集計されてしまう。
紙はあるのに、手で打ち直さないかぎり過去の数字をさかのぼって見比べることはできなかった。
この記事について
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02
やったこと
やったのはAIへの小手先の頼み方ではなく、「仕事の手順と合格の基準」を誰でも分かる言葉で書き出すことだった。渡した伝票の写真を読み、自分で計算を検算し、直せるズレは直し、手に負えないものだけを人間に戻す「専任の助っ人」を作った。
1. 紙の読み方を、取引先ごとに教える
取引先ごとに別々の「読み方の手引き(指示書)」を用意した。①紙の向きや表の並び順 ②どの欄から何を抜き出すか ③どんな形の一覧表(エクセル)にするか。読み落としの多い複雑な1社には、「行数を3通りで数えて最大を採用する」「合計欄の直上行を念入りに見直す」という検算ルールまで指示書に書き込んだ。
2. 合格の基準を決め、AIに自分で検算させる
合否の基準は「数量 × 単価 = 金額」が一致しているかどうか。計算が合わない伝票だけを人間に突き返させ、結果を「合格(自信あり)」「小さなズレ(自動で直す)」「差し戻し(自信なし)」の3つに自動仕分けさせた。
3. わずかなズレは自動補正し、迷うものだけ人間に回す
1%以内かつ100円以内の小さなズレは自動補正し、直した履歴を1行ずつ記録(数字の出どころが不明になるのを防ぐため)。「差し戻し」と判定されたものだけを人間が目で確認する箱に集めた。
4. ばらばらな品名(279通り)を、対応表で142の名前に揃える
品名の表記ゆれは現場の人間しか判断できないため、人間が作った「読み替え表」にAIを厳密に従わせた。載っていない未知の品名は「未対応」として別箱に分け、後から表に追記できるようにした。
いちばん時間がかかったのはこの「指示書」の作成だった。AIが勝手に賢くなったのではなく、「現場の仕事の基準」を言葉にして初めてAIが動いたのだ。
03
実際の変化
変わったこと
※手作業40時間は「1行30秒」「1枚5分」の試算+見直し時間を足した概算。AI読み取りは1枚15秒、人間の目視は迷った伝票を1枚3分として計算。一致率は、最初の78.2%がページ単位の突き合わせ。取引先ごと・日付ごとに突き合わせ直し、二重取り込みを除いて86.1%、読み直して87.9%。
04
かかっている費用
- AIに紙を読ませた実費(電気代のように使った分だけ払う料金):395枚全量で約1,150円 / やり直しや試行を含めても全体で約1,350円
- 表の置き場所や、見られる人を絞る鍵の設定:すべて無料枠内で収まるため0円
- 月あたりに直すと:100円ほど(毎日使うものではないので、毎月の決まった支払いはない)
- 紙を1つの表にする仕組みづくりの手間:プログラムを書ける人の2日分(今回は書き手本人。初回の一度だけ)
- 見送った出費:月20ドル(3,000円ほど)の鍵付きプラン。1人しか使わない道具に毎月の固定費は無駄と判断
本質的な判断は、「毎年約40時間の人手を使い続けるか」、それとも「初回2日腰を据えて仕組みを作り、来年からは年千円台と約4時間だけで回すか」という引き算にある。
※金額は紙の枚数・写真サイズ・文字数から再計算した目安だ。
05
つまずいたところと直し方
1. 試し読み95%が、本番全量で78%に急落(行の少ない紙だけで試してはいけない落とし穴)
最初の15枚で「95%以上読める」と安心していたが、395枚通すと一致率は78.2%に落ちた。最初に試したのが各社の1枚目の、行の少ない紙ばかりで、字がぎっしり詰まった厄介な伝票が含まれていなかったためだ。「試すときは、手元でいちばん条件の悪い紙(行がぎっしり詰まった紙)を最初に混ぜる」のが最大の教訓だ。
2. 「紙の数字をそのまま写せ」と命じても、AIが勝手に暗算してしまう癖
「金額欄の印刷数字をそのまま書き写せ」と指示しても、AIは気を利かせて「数量 × 単価」を勝手に暗算してしまう癖があった。表の中の計算は合うのに、紙に印刷されている合計と合わない原因になる。対策として「金額は必ず金額の列の値を見て読み取ること。自分で計算しないこと」と指示書に太字で徹底した。
3. 出来上がったグラフの数字が半分抜けていた(画面の絵を人間の目で確かめる大事さ)
ある月の取引件数は1,184件あったのに、生成されたグラフの絵には541件(1社分)しか描かれていなかった。計算データまでは確認していたが、「出来上がったグラフの絵を自分の目で開いて見る」点検を飛ばしていたのが原因だった。
4. 読み間違いはゼロにはならない(100点満点を目指さない現場設計)
文字の1文字ズレや、外側の印字を品名と誤認するケースは最後まで残った。「AIは100点にはならない」前提で、読み替え表に合わないものは「確認待ちの箱」に分け、後から人間が直せるようにした。100%自動化を目指すより「AIが迷ったものが一目で分かる形」にしておくのが現場ではいちばん安全だ。
06
能登の仕事でどう使えるか
このやり方が最も役立つのは、次の「3つの条件」が揃う現場だ。
- ①事務所や倉庫に、紙の伝票が山ほど溜まっている(年間数百枚以上)
- ②取引先ごとに、紙の向きや書き方がばらばら
- ③あとで見比べたい大事な数字(単価・数量・金額・日付)が入っている
農協や出荷組合の農水産物伝票、酒蔵や水産加工場の仕入れ伝票、民宿の宿泊台帳、輪島塗工房の受注控え、建設現場の納品書などがまさに当てはまる。「紙の形は違うが抜き出したい項目は同じ」なら業種を問わず使える。
逆に、年間数十枚程度なら手で打ったほうが早く、税務申告のように「1円のミスも許されない書類」にも向かない(全量見直しで手間の削減分が相殺されるため)。
棚の奥に積まれた伝票の束は、眠らせておけば邪魔者だが、1つの表にまとめれば「去年の今頃はいくらで仕入れていたか」「資材高騰に対していくらで値決めすべきか」を勘ではなく確かな数字で判断できるようになる。紙のまま眠っていた記録を、商売の武器に戻す。やったのはそれだけのことだ。
